虚無らがえり

アニメ批評/エッセイ

日本海まで あと15kmです

 休日の昼間を睡眠に費やしてしまった夜は出かけたくなる。食べ干したカップ面の容器と、飲みさしのペットボトル、読みかけの文庫本と封を切ってない電気料金の請求書。大学入学と同時に買ったローテーブル(実際はコタツ机)の上には怠惰が蓄積し、なにか生産的な作業をする気にならない。通学圏内では家賃が安いエリアの、特に安い物件に越してからもう5年は経っている。去年の冬は上階の水道管が破裂してキッチンがビシャビシャになったし、駐輪場は乗れるんだか乗れないんだかわからん自転車でごった返し、最近は上階のベランダから謎の汁が落ちてくる。人を招くには躊躇する部屋だが、暮らすぶんには案外困らない。でも外に出たい。時刻は午後10時。今日を終えるにはまだ早いが、何かを為すにはもう遅い。こんぐらいの時間帯がいちばん困るし、中年になったら毎日が土曜の午後10時のようで、焦燥感と諦観の間でクネクネしてるうちに全てが間に合わなくなるのだろうか。しかし気に病むことない。棒に振った一日はバイパス沿いの治安の悪いゲーセンと海で消化すればいいし、残りの人生はまだまだ長い。

 さぁ出かけよう。バッテリーが劣化した型落ちのアイフォンと財布、煙草をポケットにつめこんで。アニメの影響で買った原付にまたがって、最初の目的地を目指す。この時間の道はいつも嘘みたいに静かで、駅前に続く大通りもメスガキに煽られた前髪みたいにスカスカだ。大半の店は閉まっていて、ときどきコンビニの灯りが横切る道を走る。夜風が心地よい。骨伝導イヤホンから流れるミックスリストが5曲目にさしかかったあたりで、ネオンの原色が見えてきた。

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 県の条例か何かで未成年が出ていき、メダルゲームで時間をつぶす老人たちが寝静まったあとのゲーセンは、メスガキに煽られた前髪みたいにスカスカだ。いるのは20歳くらいの地元の若者グループか、夜なのにサングラスをかけてる彼氏または金髪のつむじが黒くなった彼女のどちらか、あるいは両方で構成されるカップル、退勤後と思われる目の死んだサラリーマンくらいで、みんなここに何も新しいことを求めていない。僕はアーケードゲームが好きなわけではない。大半のゲーセンは奥のほうに喫煙所があるので、そこでタバコを吸って、そのまま帰るのも店に悪いから適当に1クレジットだけプレイしてお茶を濁す程度だ。それでも夏の羽虫みたくこの怪しげなネオンに引き寄せられるのは、全体的に退廃したこの空間の雰囲気が好きだからだ。あと麻雀ファイトガールやりたい(正直)。

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 『麻雀ファイトガール』――2023年3月から稼働中のKONAMIアーケードゲーム。ゲームシステムはなんてことない、麻雀ゲームだ。1クレジット(=100円)で東風戦が遊べるのだが、大勝ち(最終40000点以上)するともう1ゲーム遊べてギャンブル性もある。同社製品には有名な『麻雀格闘俱楽部』もあるが、こちらは初心者・若年層をターゲットにしているらしく、プレイ中のサポートが手厚い。あとキャラがかわいい。「家で無料で出来る『雀魂』でいいじゃん」と思われるかもしれないが、君は100円払って筐体に座って、全国の同じように画面上部に萌えキャラが写ってるギャグみたいな筐体の前で真剣な顔して腕組んでるオタクと勝負する面白さを解さないのか(じゃんたまもだいたい一緒だろ)。あと3Dキャラが卓を囲ってわちゃわちゃリアクションするのが楽しい。キャラに目を取られて河が見づらいんだけど、シンプルモードにするぐらいなら大人しく(?)麻雀格闘してろってハナシ。


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 他家がセコセコ手役組み上げてるのを尻目に運だけで点棒かっさらうのがいっちばん気持ちいい!!!!ざぁこ♡点箱すかすか~♡

 通り雨が過ぎるまで、最近あんまり見かけなくなった500mlの缶コーラ(いつもありがとう)を飲みながら3ゲーム遊んだ。このエンタメがワンコインで済むなんて本当に合法なんですか???

 一通り満足したら、最終目的地の"海"に向かう。自宅からゲーセンまでと同じくらいの距離バイクを走らせる。海に近づくにつれて潮の匂いが濃くなってくる。やくしまるえつこの歌声がちょうどサビにかかったところで、海浜公園についた。時間がないの今何時。駐輪所から海までは歩く必要がある。街灯もなく真っ暗な道を、わだちと波音を頼りにふらふらと進んでいく。足元の砂は存在しないみたいに細かい粒で、踏みしめるとコンビニの卵蒸しパンみたいにふかふかする。もうすっかり汚れたスタンスミスに砂が入り込むのを無視しながら、真っ暗で心細い海岸を歩く。砂を触ってみるとべったりと湿って手についた。もうそこまできている。

 

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 波打ち際にたどりつくとホッとする。この暗がりのなか手探りで目的地まで突き進むのはちょっとした冒険だ。たどりついたからといって何をするでもない。調子に乗って近づきすぎてスニーカーに海水がかかったりしながら、この恐ろしくデカく黒い水のかたまりに圧倒されるだけだ。

 

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 運がいいと、こういう座りたくなる形をした流木が漂着しているので座る。住宅地より明るい星が散った空と、大きく黒くうねる海に挟まれると、日々の悩みがばかばかしくなってくる。星が生まれ、海から生命が生まれるまでの途方もないタイムスケールからしたら、四半世紀も生きていない一個体が抱く不安、研究が進まないだとか将来が不安だとか、さっきのインパチ直撃だとかどうでもよくなってくる。

 春から就職を期に上京する。東京にはなんでも揃っているというが、バイパス沿いの治安の悪いゲーセンや、真っ暗でだだっ広い海岸はあるのだろうか。しかし気に病むことはない。人が多い場所なら、うすい絶望を抱えた人々の集うひそかなアジールの一つや二つあるだろうし、なにより内定先の本社ビルから見えるあの東京湾も、この海とつながっているのだから。