『BNA』考察~狐狸、アイドル、教祖~
『天上突破グレンラガン』、『キルラキル』などで知られる中島かずきが脚本・シリーズ構成を手掛け、『リトルウィッチアカデミア』の吉成曜が監督した新作アニメ『BNA ビー・エヌ・エー』の話をしたい。
タイトルには生物の遺伝物質の"DNA"とバスケットボールリーグの"NBA"がかかっている。バスケ要素は今のところ薄いが"DNA"は世界観設定と深くかかわっている。
“人類”と“獣人”が共存する社会。
獣化遺伝子・獣因子を持つ獣人たちは、近現代の自然の消失により住処を追われ、人類の前に姿を現した。各国が共存のための対応に追われるなか、日本では獣人が獣人らしく生きるための獣人特区『アニマシティ』が設置される。
それから10年の月日が経ち、『アニマシティ』に17歳のタヌキ獣人・影森みちるがやってくる。普通の人間だったが、ある日突然タヌキ獣人になった彼女は「ここなら自由に生きられる!」と喜ぶが、ひょんなことからオオカミ獣人・大神士郎と出会い、『アニマシティ』にもこの街にしかない危険がたくさん潜んでいることを知る。
(中略)
なぜ、みちるは獣人になってしまったのか。その謎を追ううちに、予想もしていなかった大きな出来事に巻き込まれていくのだった(アニメ『BNA ビー・エヌ・エー』公式サイトより)
作中世界には普通の人間(ホモサピエンス)とは別に「獣人(獣性人類)」と呼ばれる別の人類が登場する。獣人ふだんは人間と変わらない姿をしているが「獣因子」と呼ばれる特殊な遺伝子によって体を変化させることができる。
「獣因子」は親から子へ遺伝し、子が獣化するときは両親どちらかと同じ動物の姿になる。*1
主人公の影森みちるは両親が人間なのに、"ある日とつぜん"獣化してしまった。これは「目が覚めたらスリーパーになっていた」と同レベルにヤバい事態*2である。
人間社会での迫害から逃れるため、自分を元の姿に戻すためにみちるは獣人特区アニマシティへやってきた。
後天的に獣人になった みちるには他の獣人は持たない特殊能力がある。
彼女の持つ獣因子は特殊で、不安定な代わりに形状変化するときに爆発的な細胞分裂がおこるから、自由に姿を変えられると作中では説明される*3。
みちるの能力は自由に"自分の姿"を変えるものであり、昔話で知られるタヌキの変身能力をモチーフにしているのだろう。
特別な能力を持つ獣人はあと2人登場する。
1話から登場するオオカミの獣人、士郎もその一人で不死身の肉体*4をもつが今回はタヌキと対になるキツネの獣人について着目する。
日渡なずな
みちるの親友で、アイドル志望の美少女。
ある日突然獣人に変わり、
みちるの目の前で何者かに拐われてしまった(アニメ『BNA ビー・エヌ・エー』公式サイトより)
1話からたびたび回想に出てきたが、6話で主人公と再会する。
アニマシティで再開したなずなは銀狼教団とよばれる宗教団体の(建前上の)教祖になっていた。
なずなのもつ特殊能力は「完全獣化」*5、獣化の際に本物の獣のような外見になれる能力である。また、なずなはキツネの獣人だが狼の姿に変身している。これが彼女の特殊能力である。
みちるとなずな、どちらも自分の体を変化させる能力だが、以下のように対照的な能力として読み取ることができる。
端的に言うならば、みちるの特殊能力は"化ける"能力であり、なずなのそれは"化かす"能力である。
みちるの能力については前述のとおり、自らの姿かたちを変える能力であり、"自分のありかたを変化させる"性質をもつ。
それに対してなずなは他者(信者)に幻想を見せる能力であり*6、"自分に対する他者の認識を変化させる"性質をもつ。
こじつけがましいだろうか。なずなについて考察を深めたい。彼女のキーワード「アイドル」、「教祖」について考える。
人間のときのなずなはアイドルになることを目指していた。獣人になってからは研究施設に連行されたが、クリフ・ボリスという男性に助けられる。ボリスはなずなの変身能力を見抜き、銀狼になる訓練をさせ共にに銀狼教団に入団した。ボリスは修行長*7として教祖となったなずなを支える。
これはアイドル(教祖)とプロデューサー(司教)の関係性を思わせる。ボリスはなずなからの信頼を得ており、信者(ファン)も着実に増加している。彼は敏腕Pなのかもしれない。
そしてなずなは「教祖」である自分について以下のように言及している。
『教祖ってね アイドルなの
たくさんの獣人たちが
私を崇め 讃え-
私に夢と希望を求めてる
それって もうアイドルでしょ?』
『BNA』6話より
なずなはたくさんの人々に注目され、そして彼らに希望を与える存在として、「教祖」と「アイドル」を同一視している。
ここでいったん作中の「教祖」の意味を考えたい。「教祖」とは教えの祖であって銀狼教の開祖を指すはずである。しかし、なずなとボリスは銀狼教に"入った"とある。
どういうことか、作中から推測してみる。
銀狼の伝説は獣人に広く伝わっている神話である。また、メリッサ*8のふるまいから、アニマシティで一般的な「銀狼信仰」は教義や教団、自覚的入信を必要としない民間信仰の側面が強いことがわかる。
それに対して「銀狼教」の信者は教団のテントに移住し、決められた装飾品を身に着けている。
このことからなずな、ボリスが率いる「銀狼教」はアニマシティに広まる「銀狼信仰」と銀狼様という「信仰対象」は共通するものの、明確な教義があり組織的な宗教であることがうかがえる。
つまりメリッサのような獣人たちのもつ「銀狼信仰」を再構築し、新しい宗教にしたという意味でなずなたちは「教祖」なのである。そしてなずなは信者を導く教祖ではなく、銀狼の現身(シンボル)として自身が信仰の対象となる象徴的な「教祖」*9なのだ。
この意味での「教祖」はたしかにアイドル的である。彼女が銀狼変身というパフォーマンスをし、信者(ファン)が増えて教団が成長する。自分を見てくれる大勢のファンがいて、彼らに夢と希望を与えることができる。この環境がなずなにとって最高のステージなのである。
だから彼女にとっては"自分がどうあるかは問題じゃない"、他者からどのように見られるか、他者がアイドルのように自分に熱中してくれるかどうかが問題なのであり、彼女は自分が本当の銀狼でないことに葛藤しない。
<まとめ>
みちるの能力となずなの能力はどちらも身体を変化させるものだが、みちるが自身の肉体を変性させて「化ける」、主観的な能力なのに対し、なずなのそれは自身に対する他者の認識を変化させて「化かす」能力である。
主人公のみちる(タヌキ)と対立項であるなずな(キツネ)は今作で最も存在感の大きいキャラクターになるかもしれない。自己完結してしまうみちると、他者から自分がどうみられるかを優先するなずなの対立、成長、和解をどう描くのか楽しみですね。
もうちょっと百合的解釈とかしたかったんですがさすがに長いので今回はここまでで
おわり
*2:現実世界でも、ある生物に他の種の遺伝子を導入し、発現させることは技術的に可能だし応用もされているが、遺伝子組み換えは大腸菌のような単細胞生物に行ったり、受精卵(単細胞)のときに遺伝子を導入する。獣化を行うと全身の形が変化することから、獣化を行うには全ての細胞が「獣因子」を持たなければならない。ヒトの細胞は37兆個ともいわれいて、その細胞一つ一つに「獣因子」を導入するのは非現実的。しかしiPS細胞のような自己増殖できる幹細胞の遺伝子を組み替えて「獣因子」をもつ細胞を増やしていったり、レトロウイルスに「獣因子」を導入して自身の遺伝情報を宿主のDNAに組み込ませれば、(SFとしては)実現できそうだ。
*3:4話、ロゼの解説より
*4:4話、アランのセリフより
*5:6話、士郎のセリフより
*6:6話時点で、なずなは変身能力を教団の威光を示すためにしか使っておらず、従者から逃げるシーンでも二足歩行の獣人の姿で移動していた。変身自体は身体的変化としておきていて、幻覚をみせるわけではない。ここで「幻想を見せる」と表現したのは、なずなの変身があくまで見掛け倒しに過ぎないのにも関わらず、信者や獣人たちから信仰を集めているからである。
*7:原文ママ。キリスト教における修道院長と同等の存在と思われる。修道院に所属する修道士たちのリーダー。ちなみに銀狼教では入信=修道士になるようである。ふつうの宗教団体では信者=修道士ではない。信者は組織の階層ピラミッドの底辺にあるが、修道士のように住居や経済活動を厳しく制限されない。